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『シュタイナー思想とヌーソロジー』を読む前に、知人に紹介されて川上弘美さんという方の『大きな鳥にさらわれないよう』という小説を読みました。

この本は、ファンタジーもしくはSF のくくりに入るのでしょうか。

数千年後の未来の、人工知能と共存する滅びゆく人類のお話です。

その知人曰く「女性によるSF」ということでした。「これからのSFは女性的な視点の時代になる」と。

その言葉に惹かれて読んでみたところ、びっくり。

最後は、ヌーソロジーの予言する未来ととても似ていました。

作者の川上さんはおそらくヌーソロジーはご存じないでしょうから、ご自分の直感で感じられたことを書かれているのだと思います。 

女性の目を通した深い直感が、ヌーソロジーと同じ未来を見た。

それはとても興味深いことです。

今日は、この『大きな鳥にさらわれないよう』について書いてみます。


目次:川上弘美さんについて
   この作品の文体と構成
   人類の「変わらなさ」について
   「自分や他者の真実を見る力」と男女差
   川上さんはタイプ4w5?
   人類は2つに分かれていく 
   まとめ


川上弘美さんについて

Wikipediaによると、

川上弘美さんは1958年生まれ、この小説は2014年に「群像」で発表されたものなので、川上さんが56歳の時に書かれたものです。

大学在学中よりSF雑誌に短編を寄稿、編集にもたずさわる。高校の生物科教員などを経て、1994年、短編「神様」でパスカル短篇文学新人賞を受賞。1996年「蛇を踏む」で芥川賞受賞。

幻想的な世界と日常が織り交ざった描写を得意とする。作品のおりなす世界観は「空気感」と呼ばれ、内田百閒の影響を受けた独特のものである。その他の主な作品に『溺レる』、『センセイの鞄』、『真鶴』など。

俳人でもあり、小澤實主宰の『澤』に投句しているほか、長嶋有らとともに句誌『恒信風』で句作活動をしている。 
川上さんは、この作品で泉鏡花文学賞も受賞しています。

帯には、筒井康隆さんが
「僅かな継承によって精緻に描かれていく人類未来史。ファンタジィでありながらシリアスで懐かしい物語たち。これは作者の壮大な核である。打ちのめされました。」
と書いています。


この作品の文体と構成


Wikiに書いてある通り、この作品は「幻想的な世界と日常が織り交ざった」、女性的な、主観的な雰囲気の文体が特徴的です。

通常の男性的なSFのような、理論的、概念的な部分はほとんどなく、女性的な、ごく狭い日常の世界の、主観的な感覚をメインに物語が進んでいきます。

構成も変わっていて、章ごとに、登場人物も時代もまったく違う物語が展開されます。時系列も前後します。

でも、最後にそれが一つの物語としてまとまってくる。そんな構成になっています。

ヌーソロジーで言えば、幅的な視点ではなく、奥行き的な視点

美術で言えば、いろいろな視点から見た映像を一つの画面に収めた、ピカソ等のキュビズムのような感じです。


人類の「変わらなさ」について


この作品の大きなテーマとして、人類の「変わらなさ」というのがあります。

どんなに滅びに瀕していようとも、人間の性は変わらない……。

この作品で何回も出てくるのは、「人間は、自分と違うものの存在を許さない」ということです。

まったく違うものに関しては許せるが、何かがちょこっと違うというのが許せない。

これは、ユングのシャドウ(影)の問題を連想させます。人間は、自分の中の見たくないものを外部に投影してしまうということです。

まったく違うものに対してはシャドウの投影は起こらないけれども、自分と似ているが何かが違うというもの対して、自分の欠点を投影しがち。

これも、大きく言えば、このブログでいつも言っている自我の防衛反応、自我の誘惑の一つです。

人間は、「もう人類は滅びてしまうよ」と、「あなたも死んでしまうよ」という状況になっても、自我の誘惑を超えることができない。

自我を超えるってことは、それほど……死ぬよりつらいことなんですよね。人によっては。


「自分や他者の真実を見る力」と男女差


私がこの作品でとても印象に残ったお話は、超能力者の女の子と男の子の話です。


*この先、ネタバレがあります。


人の思考や感情が読めてしまう能力を持っている少女と少年。

2人は自分に似た相手に恋愛感情を持ちますが、一緒にいるうちに、少年は自分の能力で少女の心を知ることに恐怖を持ち始めます。

相手の心を徹底的に深く知る、ということへの恐怖。それはおそらく、自分の心についてもそうなのだと思います。

それに対し、少女は自分にも相手にも深く入り込んで真実を見ます。

少女は、少年に物足りなさを感じ始め、違う男性と浮気をしてしまいます。

そうなっても、少年はひたすらその事実と向き合うことを拒み、心を病んでしまいます。

こういう傾向は、どうしてもありますよね。

女性は一般的に、心に深く入っていくことが得意ですが、男性は苦手です。


川上さんはタイプ4w5?


そして、これはエニアグラムタイプでも違いが出てきます。

タイプ1・4・7は、主観的なタイプなので、自分の心に深く入り込んでいくことは比較的好きです。

逆に3・6・9はそういうことはあまり好みません。

2・5・8はその中間ですが、その中でもタイプ5は、人の心を分析するのは得意です。

私は、川上さんはタイプ4w5じゃないかと思っています。この作品の文体と雰囲気からです。

タイプ4w3だとすると、クセが足りない。純粋なんです。

タイプ5w4に比べると、やはりより主観的、感覚的。

特に、4w5、5w4の女性は、人の心の中に入っていくことが得意であると同時に、共感、理解をより求めるところがあるのだと思います。

川上さんも4w5の女性ということで、日常生活でもきっとこういう、「理解し合えなさ」、相手の「向き合うことの恐怖」を見ることの寂しさを感じているのではないかと思いました。

私もそうなんですが。

これは、男女関係だけでなく、親子関係、友人関係、職場の人間関係、どんなところでも生じることだと思います。


人類は2つに分かれていく


この作品では、最後人類が本当に滅びそうになった時、ある少女が人類の創成期からの歴史を目撃し、時空を超えて人々の声を聞きます。

そして、もう一人の少女は、人間を遺伝子操作によって作り出します。

つまり、「神」のような存在になる人間と、また人間として生きる人間に分かれていきます。

私は、川上さんのタイプ4的な部分が「神」のような存在になる少女、タイプ5的な部分が、研究を積み重ねて人類を生み出す少女に投影されているような気がしました。

ヌーソロジーでも、人間は今後分かれていくと言っています。

正確には、2つではなく3つですが。

自我を超えた「変換人」と「人間」、そして「スマル」として消滅してしまうものです。

私は、その基準となるのが、先ほど書いた「自分や他者の真実を見る力」だと思っています。

自我の誘惑、サウロンの指輪の誘惑に勝つことができるかどうか。

人類は試されているのではないでしょうか。


まとめ


最近、アメドラや映画、小説などを見ていると、「単一の主人公の視点」で、時系列を追って順にストーリーが進むものから、複数の視点から、時系列もバラバラでストーリーが構成されるものにシフトしてきているような気がします。

これも、人間の意識が幅的な視点から、奥行きの視点にシフトしてきているということなのでしょうか。

確実に時代の流れは変化してきています。

AIや量子コンピューターなどの登場がその代表的な表れですよね。

これはヌーソロジー的には進化の逆方向なのですが、今度はその反動として本物の進化の方向が現れるとされています。

その進化の方向こそが「女性的なもの」だとヌーソロジーでは言っています。

女性的な、奥行きの視点に進化の方向がある。

「女性のSF」は、まさにこれからの時代に求められるものなのかもしれません。