最近、レンタルビデオではなくネット配信でアメドラを見ることが多くなりました。

何か面白そうなものはないかなと探していた時に、「アメリカン・ホラー・ストーリー:怪奇劇場」を見つけました。これはアメリカン・ホラー・ストーリーのシーズン4です。

このアメリカン・ホラー・ストーリーは、2011年からアメリカで放映されている、シーズンごとに全く違うテーマを扱うホラー作品です。

シーズン1は「呪いの館」、シーズン2は「精神科病練」、シーズン3は「魔女団」、シーズン4が「怪奇劇場」、シーズン5が「ホテル」、シーズン6が「体験談」となっています。

私は、ずっと前にシーズン1を見たきりその後は見てなかったんですが、たまたまこの「怪奇劇場」を先週見て、すごく衝撃を受けました。

これは、1950年代のアメリカの、フリークス(奇形の人々)による見世物小屋で起こる様々な事件や人間模様を描いたものです。

かなり残酷だし、普段目にすることのない奇形の人たちを見ることで感覚的に揺さぶられます。

怖いもの、残酷な映像が苦手な方は見ない方がいいかもしれませんが、このドラマは芸術的視点から言っても素晴らしく、ホラーという以上に考えさせるものがあると感じました。

今日はこの「アメリカン・ホラー・ストーリー:怪奇劇場」について、書いてみたいと思います。

*詳しい情報はこちらに(tv.fox.japan.com)


目次:あらすじ
   登場人物と見どころ
   主観世界と客観世界 ーヌーソロジーにおける「外面と内面 」ー
   まとめ 


あらすじ


舞台は1950年代のアメリカ。

主人公エルサ・マーズは、アメリカではその時代普通に存在していた「フリークス」(奇形の人々)による見世物小屋(巡業式サーカスのような)を経営していた。

しかし、テレビが普及し始めて、フリークスの人気に陰りが見え始めた時、エルサはある事件を知る。ある奇形の少女の母親が殺人事件に巻き込まれたため、その少女が病院に保護されたという話だった。

エルサは看護婦に変装し、少女に接触を試み、病院から連れ出すことに成功する。その少女は、1つの身体に頭が2つある結合双生児だった。

こんな出だしで始まるのがこの「アメリカン・ホラー・ストーリー:怪奇劇場」です。


登場人物


まず、主人公エルサ・マーズ

女優さんは、この作品でエミー賞、ゴールデングローブ賞、全米映画俳優組合賞などを受賞しているジェシカ・ラングです。
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▲tv.foxjapan.comさんより

エルサは、前にこのブログでも取り上げた「リベンジ」のヴィクトリアにも匹敵するかそれ以上のオーラというか心に印象深く残るものを持っています。

ジェシカ・ラングは見た目だけで判断するとエニアグラムタイプ2w3なんですが、エルサの役柄上も「リベンジ」で取り上げた2w3の悪いところをうまく表現しています。

つまり、無意識に、自分が愛されるように周囲を操作するんですよね。

恵まれない立場のフリークスたちを引き取って生活させてあげているんですが、それを恩に着せてしまうような自己中心的なところがあります。なので、「ずっと欲しかったのは愛」と言いながら、愛に恵まれないんです。

でも、なんだか憎めずに応援してしまいたくなる。

このエルサの生き様とオーラが、この作品の見どころの一つです。

そして、もう一つはやはりフリークスたちのインパクトです。

普段、一般人しか見慣れていない私たちが、フリークスたちが大勢出てくる画面を見ると、やはり衝撃を受けます。人間ってなんなんだろうという不思議な感覚が生じて、それがこの作品のなんとも言えない雰囲気を作っています。

まず、結合双生児のベット&ドット。
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▲tv.foxjapan.comさんより

アザラシ男と呼ばれるポール。
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▲ラヴ・ハリ映画日記さんより


そして、手の人差し指と中指、薬指と小指がくっついてしまっているジミー。
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▲tv.foxjapan.comさんより

赤ちゃんくらいしか身長のないマ・ペティト。
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▲ラヴ・ハリ映画日記さんより

女性なのにヒゲが生えているエセル。
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▲tv.foxjapan.comさんより

乳房が3つあるデジレ。
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▲tv.foxjapan.comさんより

どうでしょうか。この映像だけでもインパクトがハンパないですよね。

そして、最後に、この映画の見どころは、なんと言ってもマイノリティーとして生きるフリークスたちの意識と、一般人との違い、そしてフリークスの意識変化です。

うちの旦那さまはタイプ4w5なので、芸術的な視点から素晴らしいと言っていて、特にエルサが舞台でデヴィット・ボウイの曲を歌うシーンがお気に入りらしいのですが、私はやっぱり心理的な面に目がいきます。

私たちは普段何気なく、日常生活を送っています。何気なく、買い物に行き、喫茶店でおしゃべりをしたり。でも、もし、私たちがフリークスだったら、きっと生きているということ自体をより深く考えずにいられないと思うのです。

フリークスたちは私たちの何倍も濃い人生を送っているのではないか、漫然と日々を過ごしていてはいけないのではないかと考えさせられます。

そして、フリークスたちは初めのうちは、一般人のようになりたいと手術を夢見たりするのですが、だんだんと「ありのまま」が素晴らしいんだっていうことに気づいていきます。

見た目ではなく、みんなが理解し合い、違いを受け入れ、助け合いながら生きること。それが大切なんだと思うようになるのです。


主観世界と客観世界 ーヌーソロジーにおける「外面と内面」ー


こうしてフリークスたちの生活や意識を垣間見ると、自分の主観の世界と、他者の視線からなる客観世界という2つの世界があることを明確に意識させられます。

普段、私たちは、ただ3次元空間に私という身体があって、その中に心があっていろんなことを考えている。そういう風に感じていますよね。

でも、本当は、私たちの心の中にも、主観世界と客観世界の2つがあるんです。

ヌーソロジーでいう「外面と内面」です(ヌーソロジーをご存じない方は「ヌーソロジーとは何か」をご覧ください)。

ややこしいのですが、「主観が外面」、「客観が内面」です。

現在の人類は、客観重視、物質重視の世界観で生きています。

ヌーソロジーでいう「内面」で生きている状態です。「なぜインスタが若者にウケているのか」でも書いたように、「他者にどう見られているか」ばかりを気にする風潮がありますよね。

でも、フリークスたちにとっては、この他者の目を気にする「内面」で生きることは拷問のようなものです。常に他者の視線にさらされ、「化け物」「気持ち悪い」と言われ続けるからです。ここを重視していたら生きていけません。

ですから、フリークスたちは、主観の世界、「外面」重視で生きることができるようになるのです。

そこで理解し合い、尊重しあって生きるのがフリークスたちにとっての楽園となります。

ヌーソロジーでは、人間は「外面」重視で生きるのが正しい方向だとしています。つまり、他者にどう見られるかではなく、自分がどうしたいか、どう思うかを大切にする生き方です。

こう考えると、本当に人間らしいのは、一般人よりもフリークスたちということになります。

この作品でも、一般人よりフリークスたちの方が純真で人間らしいという結末になっています。


まとめ


ということで、この作品はすごく残酷で怖いシーンも多いのですが、極めてホラーに弱いという方以外には超おすすめのドラマです。

私も旦那さまも、見終わった後数日間この作品の余韻が残って、「あれはすごかったね〜」と語り合うくらいでしたから。

ぜひ観てみてくださいね!


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