「日本の精神科病院でニュージーランド人男性が変死 母国でニュースに」


先日、このブログでも取り上げている精神科医の斉藤環さんのTwitterでこのニュースを知りました。

小中学校で英語を教えていたニュージーランド人男性が躁病の発作(まだ詳細はわかりません)を起こし、神奈川県の精神科病院に入院したところ、10日間身体拘束された後心肺停止状態で発見されたというニュースです。

私は10年以上前に精神保健福祉を学んでいたことがあったのですが、その時に、日本では海外に比べ精神科での入院治療、隔離・身体拘束が多く、かなり昔から問題になっているということを知りました。

精神保健福祉の大学教授の方々には問題意識が大きく、入院治療から地域での支援に切り替えようと努力していました。それが、斎藤先生のTwitterによると、ここ10年でまた隔離・身体拘束が2倍に急増したとのこと。

どうしてこうなってしまうのでしょうか。そこには精神科医の方々の意識の問題精神科治療の仕組みの問題があると思っています。

今日は私が実際聞いた精神科医の方々の発言を例にあげて、精神科治療の問題について考えてみたいと思います。


目次:権力者であるという錯覚
   フィンランドの対話のメソッド「オープンダイアローグ」
   日本の精神科医療の限界 
   対等と共感の姿勢 ー「サウロン」の誘惑に抗うー 


  

権力者であるという錯覚


このニュースを受けて、斉藤先生はTwitterで、
「病院という小さなヒエラルキーの中で医師は時々自分が権力者であると錯覚し、こうした懲罰的処遇を行うことがあります。」
と述べています(「こうした懲罰的処遇」というのはこのニュースとは違う話です)。 

そうなんです、どうしても精神科医はその治療の構造上、自分が権力者だと勘違いしてしまいがちです。そして、患者さんを下に見て、モノのように扱う。そういう先生もいます。

みんながみんなそうではないし、素晴らしい先生もいます。ただ、やっぱり素晴らしい先生は少ないのが現状です。

私がある病院で初診の患者さんの陪席(見学)をしていた時のことです。

その患者さんは統合失調症の疑いで母親と一緒に診察に来ていました。色々と検査をして、話を聞いた後、先生は「君は統合失調症だね。もうこれは運命だから」とあっさりと突き放すように言ったのです。そしてさっさと部屋を後にしました。その先生はその病院で一番偉い年配の先生です。

私は聞いていて愕然としました。「運命だから諦めろ」と言っているかのように聞こえたからです。その後何のフォローもなしです。

そして、また別の先生ですが、「僕はボーダー(境界性人格障害)は美人しか診ない」「ボーダーなんてただでさえ治る可能性低いんだから、 美人じゃないと難しい」というのです。

確かに、境界性人格障害は治療が難しいです。難しいし、治療者側にものすごく負担がかかります。生半可な気持ちでは対処できないからです。

しかも、精神科医は1日50人くらいの患者さんを診察する時もあります。

私は一回50分のカウンセリングを1日5人やると本当にヘトヘトになります。精神科医の診察とは関わりの深さが違いますが、それだけ多くの人の影響を知らず知らずのうちに受けるということなので、精神科医も大変です。

まともに関わっていたら、自分が精神をやられてしまう。実際、薬を飲みながら仕事をしている臨床心理士、精神科医もたくさんいるみたいです。だから、自己防衛的に患者さんを下に見て、モノのように扱うという意識状態になってしまうのかもしれません。 

身体拘束もこうした意識状態と人手不足などから、一番治療者側にとって楽な対処ということで増えてしまうのだと思います。


フィンランドの対話のメソッド「オープンダイアローグ」


斎藤先生は、Twitterで
「拘束にかける人手で30分でもいいから「対話」してくれ。やり方わかんないなら「出前」するから。」
と言っています。

この「対話」とはどういうことかと言うと、最近精神科治療、特に統合失調症の治療に有効だと言われている「オープンダイアローグ」というメソッドのことです。

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「オープンダイアローグ」とは、フィンランドの病院で1980年代から実践され成果を上げている手法で、患者や家族から要請があると24時間以内に複数の精神科専門スタッフが患者の家に行き、患者、家族、スタッフ全員が輪になって座り1時間半程度の対話をします。

その時、その場の全員が対等で、すべての発言が許容され、傾聴され、応答されるということを重要視します。それを10〜12日間毎日続けます。

すると、急性期の統合失調症の症状が改善するというのです。しかも、フィンランドではこのサービスが誰でも無料で受けられるのです(“開かれた対話”がもたらす回復 フィンランド発,統合失調症患者への介入手法「オープンダイアローグ」とは より)。

これは、対等、共感の姿勢という点でカウンセリングとも共通点があります。ただ、違うのは家族が加わること、スタッフが複数であること、問題が生じた後すぐにセッションができること、数日間毎日行うことです。

スタッフが複数であることによって、特定のスタッフの権威化を防げますし、より客観的な対話ができます。患者さんの生活を支えているのは家族ですし、少なからず症状にも影響しているので、家族の協力も必要です。問題が生じた後即対応することで、患者さんも安心できますし、症状が複雑化する前に対処できます。さらに、毎日行うことで改善点を定着できます。

特に統合失調症は現実見当識(客観的な事実認識)が障害されますから、複数の視点からの客観的な対話というのが効果的なんだと思います。


日本の精神科医療の限界


「こんな治療が日本でもできたらいいのに」と心底思いますが、やはり今の所日本では難しいでしょう。

日本の精神科治療は薬物療法がメインです。今はまだ、カウンセリングでさえ保険は効きませんから、病院側の収入にあまり結びつかず、特に個人開業しているクリニックでは臨床心理士はおきたがらないです。だいぶ増えてはきているとは思いますが。

また、経済面以外でも、精神科医は臨床心理士の活躍を望まないところがあります。自分の立場が危うくなるからです。医者しかできないのは薬の処方ですから、薬物療法優位は変化しにくいのです。

しかもです。オープンダイアローグが全面的に導入されると薬の量が減ります。そうすると、製薬会社も反対するでしょう。日本では製薬会社の力がかなり大きいので。

この斎藤先生の本は2015年出版ですが、まだあんまり話題になりませんよね。精神医学界の壁は厚いです。

このニュージーランド人男性のニュースで少しでも風穴が開けばいいなと思っています。


対等と共感の姿勢 ー「サウロン」の誘惑に抗うー


精神科治療に関わるということは、「自分が権威者であると思いたい」という誘惑に日々さらされるということです。人間なら、そういう気持ちは誰でもありますよね。

でも、それこそ、このブログでお話ししている『ロード・オブ・ザ・リング』のサウロンの力です。私はそういう力に負けるのがとても嫌で、患者さんとは人間の価値として対等だと常に意識してカウンセリングをしていました。

そして、一番大切なのは共感です。患者さんが言っていることが常識に考えておかしいと思っても、その患者さんの中では筋が通ったストーリーがあるのです。そのストーリーを理解しなければ治療は進みません。

でも、これはどんな人間関係にも言えることですよね。特に深い関係、親子関係や恋人、夫婦では必要な態度ではないかと思っています。


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