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また大変ご無沙汰してしまいました。

企画が持ち上がってから2年以上かかって、やっと『奥行きの子供たち』が4月15日に発売になりました! 

この経緯については、レビューを書いて頂いた方に特典として配布している半田・星乃・まきしむのスペシャルトークで詳しくお話しています。

みなさん、ぜひレビューお願いいたします(^^)。

個人のブログ、Twitter、facebook、インスタ、amazon、楽天なんでもよいそうです。

お申し込み方法は

下記の要領にて、弊社宛てのメールアドレスにお書きになられたことをご報告ください。

件名は“奥行きの子供たち・レヴューキャンペーン”としてください。

メール本文には、ブログのURL、またはAmazonなどでの公開名、レヴュータイトル、レヴューを書いた日付を記載ください。

確認ができ次第、ダウンロードサイトのURLリンクをメールでお知らせいたします。
サイトに記載されています手順に沿ってダウンロードください。

お申込みメールアドレス
books@voice-inc.co.jp 

本編は充実の約70分間の音声となります。たくさんのお申し込みをお待ちしております。

『奥行きの子供たち』で語れなかった、他のアニメやドラマについてもお話しています。

さてさて、 発売から1週間ちょっとたち、私のところにも『奥行きの子供たち』の感想が届いています。

そこで、今日はそのご感想を紹介しつつ、私の本の執筆過程や本に込めた思い、Aさんのご感想の解説など書いてみたいと思っています。『奥行きの子供たち』をもう読まれた方には、更に理解が深まるような記事になればと思います。

また、ご購入を迷っていらっしゃる方には、ご参考になるように『奥行きの子供たち』の内容を少し紹介してみようと思います。

 
目次:Aさんから頂いたレビュー
   3人の著者のエニアグラムタイプと『奥行きの子供たち』
   世界の裏には1つのイデア構造がある
   指輪を捨てずにホビット村に帰る=「退行のタナトス」
   資本主義における貨幣は「1つの指輪の第4形態」
   
意識=素粒子の構造
   2000年代初頭以降はΨ14の時代
  

Aさんから頂いたレビュー


こんばんは。(^^) 「奥行きの子供たち」、昨日読み終わり、さっそく感想を書かせていただこうとPCに向かっています。

本当はもう少し時間をかけて一章ずつゆっくり進もうと思っていたのですが、読み出したら面白くて止まらず、時間の許すかぎり没頭して最後まで読んでしまいました。対話形式なので、なんだかみなさんのお話の場に一緒に参加させていただいているような感覚でした。

全体を駆け抜けるように進んで、本を閉じてまず感じたのは、最初から最後まで真っすぐ一本の道すじが美しく通されていることに対する驚きでした。

色んな映画を考察されるとのことで、読む前はもう少し一章ごとに独立した内容なのかなと想像していたのですが、読み進めていくうちそうでないことが分かり、最後にはこれから私たちが進むべき方向について本当に明確に記されていて、こんなにたくさん深い話を聞いたのにそのおかげで消化不良をおこすこともなく、とても爽やかな読後感でした。

こんなに没頭できたのは内容の面白さももちろんのことながら、それに加えて、恐らく私はまきしむさんとだいたい同世代で、挙げられていた映画やアニメのほとんどをタイムリーに見てきていることがあるかもしれません。その時の時代背景や、当時の自分の感覚を思い出すことができ、色々ととても身近に感じました。

エヴァンゲリオンが放映されていた時、私は十代前半で、まわりの同年代はほとんどもれなく見ていて、大ブームでした。私自身としては、エヴァは何度も見ようとしては、最終話まで見れずに挫折しています。途中でどうしても気分が悪くなってしまうからなのですが、今回の本を読ませていただいて「なるほど」とその理由に納得できた気がします。

エヴァを見るとなんとなく、望まぬ方向に「ひっぱられる」ような感覚がして、危うきに近寄らず…と避けてきたのかもしれません。シンジ君には悪いのですが、彼に同化する方向に行かなくて今考えれば本当に良かったです。

ロード・オブ・ザ・リングも、第一部公開時に映画館で主題歌を感動と共に聞いたことを改めて思い出しました。 春井さんのブログでも何度か触れられていましたが、この指輪の物語は、こうして紐解いていくと本当に、私たち一人ひとりの物語であるのだと感じます。

ホビットの村は平和で、贅沢はなくとも暖かく、守られた場所で。ある意味、子宮の中のような環境なのかもしれません。 ずっとそこにいて、あたたかくまどろんでいたい。それを平安と呼ぶ人もいるけれど、人はどうしても旅立ち、成長していかなくては本当の自分や、自分の半身と出会うことはできないようになっているのですね。

その過程でやはり、自分自身と向き合うということは避けて通れない。 マトリックスの世界の脅威を間近に感じるようになった今、ますます自分自身をどの方向に導いていくのかという舵取りが重要になっている。改めて、すごい時代に生きていると感じます。

資本主義社会が何もかもを貨幣に換算してしまう、と話されていた箇所も、印象に残りました。 私たちの生きている時間や空間までもが、何だかわけが分からないままに「貨幣」という単位で語られる今の社会の「常識」に対する違和感は、ずっと昔から持っていた気がします。

「みんな」が語る資本主義社会がベースの「人生とは、人間とは、こういうもの」というパターンを見て、「いやいや、そんなもんじゃないでしょう」と抵抗したいような気持ちというか。日常的に日々本当はみんな感じられるはずの、神聖さや深淵さが全く無視されていることに抗議したいような気持ちというか…。

やはり、サウロンの目があらゆるところに力を持っている時代なのですね。打ち勝つ力が一人ひとりの内にあるというお話には、どんなにか勇気づけられます。

ヌーソロジーの分かりやすいご説明も、私にとってもすごくありがたい内容でした。ごく簡単な言葉で示してくださり、半田さんと春井さんのご尽力に感謝します。

まだまだ本当に、ヌーソロジーの世界のごく入口の段階なのだと思いますが、だからこそ私のように全く数式に弱く、知らない記号が出てくるだけで思考停止ぎみになってしまうような者にも、「どうしてヌーソロジーがこの今の世界に必要なものなのか」、つまり「「指輪を捨て」「サウロンに打ち勝ち」「半身に出会う」ための道すじをしめすものとなるのか」という一番大事な根本の部分が、真っすぐに伝わってくるように思えました。

そういう人は他にもたくさんおられるのではないかと思います。この本をきっかけにヌーソロジーを深く知りたいと思われる方が、きっとたくさん現れそうですね。

もう何年も前から徐々に、電車の中や屋外で、魂を奪われたような状態になっている人をよく見かけるようになり、だんだんと様子が変わってきたなと感じていました。私の身近な人はその様子を「ゾンビ」と呼ぶのですが、、、。

でも中にはもちろん、そうなっていない人もいて、その人たちがこれから自分の半身を見つけ、そしてまたその先に、同じように半身を見つけた者同士として出会っていくのかもしれない…。そんな未来を想像して、希望を感じました。

書きたいことが色々あり、なかなかまとめきれないのですが、それでもとても長くなってしまったのでひとまずこの辺りで・・・。 深い内容を、とても読みやすく、それでいて面白くまとめてくださって、本当にありがとうございます! また少ししてからじっくりと、二周目を読みたいと思います(^^)


3人の著者のエニアグラムタイプと『奥行きの子供たち』


本当はもう少し時間をかけて一章ずつゆっくり進もうと思っていたのですが、読み出したら面白くて止まらず、時間の許すかぎり没頭して最後まで読んでしまいました。対話形式なので、なんだかみなさんのお話の場に一緒に参加させていただいているような感覚でした。

『奥行きの子供たち』は2段組で420ページもあり、しかも哲学や歴史や精神分析、カバラなどの専門用語もたくさん出てきます。読むのにかなりエネルギーがいるのではないかと心配していたのですが、Aさんは楽しく一気に読めたとおっしゃってくれて、正直安心しました。

今まで、ヌーソロジーは面白そうなんだけど、難解で手が出ないと感じられてきた方も多いと思います。『奥行きの子供たち』は、まず、そういう方にヌーソロジーの基本的な世界観を分かっていただきたくて書いた本なので、読みやすさは重要な要素でした。

私は本当はもっと簡潔に分かりやすくしたかったのですが、半田さんの美学があるらしく、私の提案は却下されました(笑)。

半田さんはエニアグラムタイプ4w5なので、分かりやすさよりも、芸術的センスを求めるんです。私は5w4なので、真実が分かりやすく伝わればいいという主義です。

今回、本を書く上で、半田さんと私の性格の違いがすごく分かりやすく出ました。

半田さんは、『奥行きの子供たち』で出てきたスキゾとパラノでいえば、スキゾ的な方向性が強く、思いついたことを書いていき、だんだんと形を整えていくというスタイルです。

それに対して、私は予め構成を決め、それに沿って書くというパラノ的な方向性が強く出ました。

そして、『奥行きの子供たち』の中でも少し触れましたが、インタビューアーのまきしむは、エニアグラムタイプ7w8です。彼女は、面白くありたい、ウケを取りたいが強いタイプです。

『奥行きの子供たち』は、この3人の自我のせめぎ合いの中から、生まれたのでした(^^)。結果的にはちょうどよい落とし所に行き着いたかなと思います。


世界の裏には1つのイデア構造がある

全体を駆け抜けるように進んで、本を閉じてまず感じたのは、最初から最後まで真っすぐ一本の道すじが美しく通されていることに対する驚きでした。

前回の記事にも書きましたが、私はこの本で、ヌーソロジーの全体性を表現したかったんですね。ヌーソロジーがどういうことを前提にして構築されているのか、というそのビジョンを表現した方がいいと思ったんです。

「君の名は」の記事はすでにありましたから、世界を構成する1つのイデア構造が、歴史、意識発達、空間構造などの中で、どう世界に現れているのかということを示すために、「エヴァ(乳幼児期の意識発達・日本の社会的意識とカバラ)」「ロード・オブ・ザ・リング(歴史的意識発達と個人的意識発達の相関性)」「マトリックス(コンピューターの時代と空間構造)」を私が候補に押し、それなら締めは「2001年(現在の社会的意識・死の問題・人類の未来)」で行こうと、半田さんがおっしゃって、結果、この五作品が素材になりました。


なので、Aさんがこのように言ってくださったのは、とても嬉しかったです。

世界の裏には1つのイデア構造があるということ、つまり、このイデア構造によって世界が創られているということが伝わったのかなと。。

これが、今回『奥行きの子供たち』で設定した、私の5w4的なパラノ的な枠組みでした。


庵野監督分析とイデアサイコロジー


エヴァンゲリオンが放映されていた時、私は十代前半で、まわりの同年代はほとんどもれなく見ていて、大ブームでした。私自身としては、エヴァは何度も見ようとしては、最終話まで見れずに挫折しています。途中でどうしても気分が悪くなってしまうからなのですが、今回の本を読ませていただいて「なるほど」とその理由に納得できた気がします。

「エヴァ」は、「何か受け付けない」「途中で挫折した」という方も多いようです。『奥行きの子供たち』を読んで、その理由が分かったとおっしゃっていただけた方が他にも何人かいらっしゃいました。本当に嬉しかったです。

この庵野監督分析は、私のイデアサイコロジー(本の中では触れていますが、私の臨床経験にエニアグラム・ヌーソロジーなどを取り入れたものをそう名付けています)の肝の部分でもあります。それについては、また今度書こうと思っています。


指輪を捨てずにホビット村に帰る=「退行のタナトス」


ロード・オブ・ザ・リングも、第一部公開時に映画館で主題歌を感動と共に聞いたことを改めて思い出しました。 春井さんのブログでも何度か触れられていましたが、この指輪の物語は、こうして紐解いていくと本当に、私たち一人ひとりの物語であるのだと感じます。
ホビットの村は平和で、贅沢はなくとも暖かく、守られた場所で。ある意味、子宮の中のような環境なのかもしれません。 ずっとそこにいて、あたたかくまどろんでいたい。それを平安と呼ぶ人もいるけれど、人はどうしても旅立ち、成長していかなくては本当の自分や、自分の半身と出会うことはできないようになっているのですね。
その過程でやはり、自分自身と向き合うということは避けて通れない。 マトリックスの世界の脅威を間近に感じるようになった今、ますます自分自身をどの方向に導いていくのかという舵取りが重要になっている。改めて、すごい時代に生きていると感じます。

Aさんはここで、「ロード・オブ・ザ・リング」を「エヴァンゲリオン」の構造によって解釈しておられます。

つまり、『奥行きの子供たち』でいえば、ホビット村をLCLの海での自己他者の融合=子宮ととらえ、ホビット村に帰ることが「エヴァ」の人類補完計画=子宮回帰ということですね。

本ではそこには触れていないのですが、Aさんの仰る通り、そう解釈できます。

でも、「ロード・オブ・ザ・リング」では、実際は指輪を捨てなくては帰ることはできない。

しかし、「エヴァ」では、指輪を捨てずにホビット村に帰ろうとしている(人類補完計画)……これが『奥行きの子供たち』でお話した「退行のタナトス」です。

そして、指輪を捨てて、西方世界にいくことが「成長のタナトス」ですね。

指輪を捨てるためには、「3つのメガネ」の記事で書いた、親子関係・エニアグラム・ヌーソロジーの空間構造のメガネを外していかなければならない……というのが、イデアサイコロジーの大枠でもあります。


資本主義における貨幣は「1つの指輪の第4形態」


資本主義社会が何もかもを貨幣に換算してしまう、と話されていた箇所も、印象に残りました。 私たちの生きている時間や空間までもが、何だかわけが分からないままに「貨幣」という単位で語られる今の社会の「常識」に対する違和感は、ずっと昔から持っていた気がします。

資本主義の話は、第3章「ロード・オブ・ザ・リング」の半田さんのパートで出てきます。

資本主義における貨幣というのは、サウロンの「1つの指輪の第4形態」だと半田さんは語っています。

第1形態が一神教の精神、第2形態が近代国家、第3形態が近代科学です。

Aさんが書かれている「資本主義が何もかもを貨幣に換算してしまう」というのが、ヌーソロジーでよくいう「奥行きの幅化」ということに深く関係しています。他者の視線で自分を見て、自分をも身体という1つの物質として見てしまうということと同じことになります。1章で半田さんが書いている「僕ーそれ」の世界です。

それをもたらすのが、サウロンであると『奥行きの子供たち』では話しています。

このように『奥行きの子供たち』は、資本主義や貨幣、一神教、近代国家という一見ヌーソロジーとは全く関係のないように思われることも、実は深く関係しているということが分かるという構成になっています。


意識=素粒子の構造


ヌーソロジーの分かりやすいご説明も、私にとってもすごくありがたい内容でした。ごく簡単な言葉で示してくださり、半田さんと春井さんのご尽力に感謝します。
まだまだ本当に、ヌーソロジーの世界のごく入口の段階なのだと思いますが、だからこそ私のように全く数式に弱く、知らない記号が出てくるだけで思考停止ぎみになってしまうような者にも、「どうしてヌーソロジーがこの今の世界に必要なものなのか」、つまり「「指輪を捨て」「サウロンに打ち勝ち」「半身に出会う」ための道すじをしめすものとなるのか」という一番大事な根本の部分が、真っすぐに伝わってくるように思えました。


今回、ヌーソロジーの本論の部分は、第4章「マトリックス」の中に少しだけ入っています。

一番の肝の部分、意識=素粒子と読み解くための意識構造の紹介です。Aさんの他にも、『奥行きの子供たち』を読んで、初めてこの素粒子を構成する自己他者構造が理解できたとおっしゃってくれた方もいらっしゃいました。

今までのヌーソロジー本の中でも、いちばん分かりやすく説明しているのではないかと思います。

そして、その構造が同時に、どのように世界に表現されているのかも分かるようになっています。


2000年代初頭以降はΨ14の時代


もう何年も前から徐々に、電車の中や屋外で、魂を奪われたような状態になっている人をよく見かけるようになり、だんだんと様子が変わってきたなと感じていました。私の身近な人はその様子を「ゾンビ」と呼ぶのですが、、、。
でも中にはもちろん、そうなっていない人もいて、その人たちがこれから自分の半身を見つけ、そしてまたその先に、同じように半身を見つけた者同士として出会っていくのかもしれない…。そんな未来を想像して、希望を感じました。


『奥行きの子供たち』では、Aさんがおっしゃる「ゾンビ」のような人たちのことを、ニーチェの「最後の人間」と言っています。

第5章では、この2000年代初頭以降の時代を「他者軸の時代」「退行の超自我の時代」と名付けています。他者軸については、インスタの記事や、「バードボックス」の記事でも同様のことを書いています。

ヌーソロジーの専門用語でいうならば、2000年代初頭以降は、まさにΨ14の時代ということができると思います。人間の次元では、偶数が先手になっているので、次の変換人の時代がΨ13の時代ということになります。

このΨ13の時代が、「指輪を捨て、マトリックスを抜け出し、瀧が三葉と出会い、人類がネオやスターチャイルドとなる」時代です。

闇が極まるところに、光が現れる。Ψ14の時代が極まったところに、Ψ13の時代が始まる。

今は闇が極まっている最中だけれども、その反動として必ず光が現れるんだよという希望を語っているのが、『奥行きの子供たち』です。

その数々の証拠として、哲学・量子論・精神分析・心理学・歴史・神話・カバラ・グノーシスの知識をあげています。

みなさん、ぜひぜひ『奥行きの子供たち』読んでみてくださいね!絶対に損はしないです。世界や自分、他者について、新しい見方ができるようになります!

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そして、もう読まれた方はレビューを書いていただけると、半田さんも私もまきしむもとても喜びます(^^)。